舞鶴福音教会 ”礼拝をささげ・愛し合い・宣教する群れ”

神は愛です

 愛、それは人間の内にある一つの強い要求です。私たちは誰かに愛されたい、また誰かを愛したいという強い願いをもっています。親と子、夫と妻、兄と弟、友人たち、みな愛してほしいとの願いを持っているのです。人は互いに愛し合ってこそ幸福だと思っています。しかし、現実には、愛して欲しいのに愛されない、親の愛がわからない、兄弟の問に愛がなく夫婦が互いにいがみ合っている、昨日の友も今日は敵となることがあるのです。
 では、この世の中に真実な愛はないのでしうか。そうです、人間の愛はいつでもどんな愛にも一つの限界がつきまといます。それは<エゴ>、<自己中心>という限界です。どこまでも”自分のために愛する愛”なのです。しかし、人間の愛を超えて、限りない大きな愛がある、私たちを真実に愛してくださる方がいるのです。そのお方が「父なる神」です。

神は、実にそのひとり子(イエス・リスト)を
お与えになったほどに、
世(私たち一人一人)を愛された。

(ヨハネ:3章16節)

と聖書は語ります。

 ある人は、神はいないと思っています。ある人は神の存在はわからないと言います。しかし「聖書」は、神は実在されるお方、ただ一人であり、天地万物の創造者、霊(目に見えない人格を持たれる方)であり、愛なる方であると教えています。聖書が教えている神は、木や石に刻んり、紙に描いた神や、自然界を恐れ尊ぶ神ではありません。また、人間が考え造り出した神々でも、一つの境地や世界観、大宇宙といった抽象的な概念でもありません。人間を造り、人間を愛される、生きておられる神、歴史の中でイエス・キリストにおいてご自分を現わされた神なのです。
 この神とその愛は全世界をつつみ、神の目にはアジア人もヨーロツパ人も黄色・白色・黒色人種もなく、全人類を愛され、一人の人間を全世界よりも尊いものとして愛しておられます。また、神は真面目な人も、自分をもてあましている人も、正しい人も、罪深い人も愛しておられます。(神は罪を憎まれます)神の愛からもれている人は誰一人いません。あなたも、神に愛されている尊い存在なのです。

わたしの目には、あなたは高価で尊い。
わたしはあなたを愛している。

(イザヤ:43章4節)

バイブルメッセージ

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